2025年09月
2025年09月04日
犬吠埼へ 二日目
二日目、今日帰る。
銚子港に行って、魚介類を食うか買うかしたい。
着いたが、想像していた雰囲気とは全く違う。
食堂や、魚介類を扱う店が軒を連ねる様子を想像していた。
んーん、人がいない。
ようやく見つけた漁師さんに訊いてみた。
そういう店は、ポートタワーの一階にあるとのこと、向かう。
ありつけた。
私、養老渓谷以来、干物に凝っている。
土産と自分用に、アジの干物を買う。
肉厚なのがいい。
次が、予定の最後だ。
二人は銚子電鉄 に乗ることを計画している。
私に異存はない。電車は好きである。

銚子電鉄切符
計画はこうである。
銚子駅近くの駐車場に車を預け、電車に乗る。
一駅か二駅乗ってまた帰ってくる。
駅で切符を買おうとしたら、係の女性が、もうすぐ出発する、切符は車内でも買えるから急いでと言われた。
それからが大変だった。
階段をのぼって降りるのがつらい。
エレベーターで行く。
ところが、エレベーターは一番奥にある。
急ぐ。かなり遠い。
昇って、銚子電鉄の番線のエレベーターで降りる。
降りたところは一番奥、電車は長いホームの先端に停まっている。
ホームの端から端まで歩かねばならない。
遠いのだ。
二人は急いで歩くことができない。
私が先に行って車掌さんに待ってくれるように頼んだ。
優しい、大丈夫ですよと待ってくれた。
ありがたい。
出発した。
自分の鉄道好きを再確認。
ただし、鉄オタのような知識は皆無である。ただ好きなのだ。
音が好きなのと一緒である。
音は好きだが、知識はあまりない。
良いなと思ったとこがある。
線路の両側の木々が枝を伸ばし、上部で枝が重なる。
電車が通り抜ける穴ができる。
それがある区間続くから、緑のトンネルのようだ。
二人は厳しい経営の銚子電鉄を応援する気持ちで電車に乗る計画を立てたのだが、一番楽しんだのは俺だな。
そうだ思い出した、鉄道好きは小さい時からだ。
5歳で東京に出てくる前、3歳か4歳の頃、山口県の岩国に住んでいた。
窓から鉄道が見えたのである。もちろん蒸気機関車。
いつも見ていた。見ているだけでよかった。
疑問がわいた。
線路のない所も走れるんじゃないの。
見てみたい。
願いは通じるもので、見えたのである。
私の立っている前まで走ってきて止まった。
ああやっぱり線路がなくても走れるんだ。
うれしかった。
もちろん夢である。
いつも思っていたから夢を見たのである。
東京に出てくるとき、蒸気機関車が引いていた私たちの列車が、途中から電気機関車にけん引されると聞いて、どんなに違うんだろうと、非常に楽しみにしていた。
電気機関車なんて、見たことさえなかったのだ。
電気機関車、とてつもなく素晴らしいものに思えた。
だけど、蒸気機関車も、電気機関車も、乗っている列車では、ほとんど違いがわからなかった。
電気機関車は、煙が出ないから、トンネルに入っても窓を閉めなくていいだけだった。
煙なんてどうでもいい、電気機関車はすごくいいはずなのに、ひどくがっかりした。
思い出話はこれぐらいにする。
現実の旅に戻ろう。
1,2駅といっていたが、全線20分ほどだから終点の外川駅まで行くことになった。
うれしい。


なんか食おうという話になり、外川駅の周りを探した。
かき氷があった。
私の場合、かき氷といえば、イチゴに練乳である。
暑いときに、甘くて冷たいかき氷、うまい。
店には、銚子ミニ博物館が併設されていた。

銚子ミニ博物館 島田泰江さん
元気なおばあさんが、お話ししてくださる。
銚子電鉄愛にあふれたおばあさんだ。
銚子電鉄、土地の人たちに愛されている。
思い出がいっぱい詰まっているのだ。

さてと、外川から銚子への帰りである。
先頭の景色を見ていたくなった。
二人をほっておいて、一人先頭近くの席に座る。
うれしい、運転手さんと同じ景色が見える。
ガキだぜ。
だけどよー、好きなんだからしょうがねーだろ。
終点まで、ずーと楽しんだぜ。
さて、旅も終わりだ。
遅い昼飯を食わなければ。
銚子駅の職員さんから、萩原が教えてもらった蕎麦屋に行く。
名前は忘れたが、冷やし中華の豪華版みたいなのを食べた、
冷やし中華、好きなんだ。
からしを溶かしたたれにそばをつけて食う。うまい。
たれにからしで、甘みを感じるのだ、
ただ、どこの店でもそうだが、からしの量が少ない。
ここでもそうだった、
頼んだら、追加してくれた。
ありがたい。
完食。
あとは、帰るのみ。
無事帰還したぜ。
終わり
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