2017年07月
2017年07月25日
日帰り旅行 遠州大念仏 その2
靴の接着剤も固まってきたので、コンビニを出た。
すぐに着く。
家の前の庭に、多くの人がいる。
ほとんどが、黒と白の着衣である。
なんだ、5時からと聞いていたが、6時になってもまだ始まっていないのか。
まあ、そんなことはなかった。
ふるまいの食事を終え、遠州大念仏の始まりを待っていたのである。
同じく東京から来たもう一人の大学時代の友人が、
「あいつは中にいるから、そこの玄関から入れよ」と言う。
家の中にも、多くの人たちがいる。
あいつに会い、ひとまず落ち着いた。
座っていると、私の名前を呼び、中年の女性からにこやかに話しかけられた。
ウ。 誰だろう。
顔の認識が苦手なうえに、こんなに多くの人の中で、誰彼を特定する能力は俺にはない。
申し訳ないけれど、問われたことのみ、受け答えした。
コーラをくれたから、私をよくわかっている人である。
大念仏、始まるまでにまだ時間があった。
二人目の女性から、にこやかに話しかけられた。
若い、
にこやか攻撃第二弾である。
おい、こんな美人俺は知らんぞ。
問われるままに答えて、どうにか切り抜ける。
生き延びた。
誰だろうと気になっていた。
明らかに私の顔を知っている人たちである。
落ち着いて考えてみれば、限定される。友人の家族以外知るはずもない。
友人の身内から、弾は飛んできていたのだ。
敵は身内にあり。
危ねえ。
最初の人が、友人の奥さんだ。
何度かお会いしているのに、なんでわからなかったのだろう。
こんなに多くの人がいるのだ、人見知りの性格の俺には無理である。
問題は、あの美人である。
感覚の劣るものは、論理か他人が作り上げた理論に頼るしかない。
論理的に解決する。
友人は、利口そうな顔をしているが、美男子というわけではない。
しかし、女系は美人である。
昔若いころにお会いした妹さんは、具体的な顔は思い出せないながらも、美人であった記憶がある。
あの人か?
違う、年が若すぎる。
うーん、そうか、友人の娘か。
隣に座った東京からの友人に確認する。
正しかった。
こんなこともわからない俺自身が馬鹿なんだけど。
形象認識能力があまりにも劣っている。
まあ、難問も解決、ひと段落である。
敵を知り、己を知れば、百戦危うからず。
しかしねえ、己の能力が低すぎれば、一戦も勝てやしねえ。
逃げ延びるに、如く(しく)はない。
ああ、透明人間になりてえ。
さて、遠州大念仏が始まろうとしている。
続く。
2017年07月22日
日帰り旅行 遠州大念仏 その1
目が覚めた。
午後の2時を過ぎていた。ドカンである。
目覚まし時計と携帯は、午前11時を目途にして、時間差をつけて鳴らすようにセットしていた。
寝る前、朝方5時ごろ睡眠導入剤を飲んで、床に就いた。眠れず、寝たのは8時ごろだった。
仕方がない、とにかく向かわなくてはならない。
2か月ほど前、友人のお母さんが亡くなった。
お葬式の終わるころ、友人から連絡が入った。
私の母の葬式や、そのあとの法事には、必ず来てくれた友人である。
当然葬式には出なければならなかったのである。
友人の地、静岡の貴布祢では、葬式よりも初盆を盛大にすることもあるとのことで、そちらに来てくれるように言われた。
遠州大念仏、郷中組を呼んで、盛大にやるとのことである。
お葬式には出ずに、香典だけ送った。
だから、7月14日、私にとっての夜中にあたる朝11時に起きているはずだったのである。
私のワイシャツは黄ばんでいて汚いと、多くの人から指摘されていたので、今回のために嫌いな買い物も済ませていた。
それを着て、黒いズボンで出発した。
靴は、少々問題がある。30年ほど前に買ったもので、日常ほとんど履かないから、いまだにもっている。
この前履いた時、片方がパカパカしだしたので、ボンドで止めた。
もう片方が心配であったが、そのままになっていた。
私にとって、身に着けるものなど、どうでもよいのである。
なるべく目立たぬよう、静かにしていればよい。
さて、5時までに来るようにと友人の厳命であった。
が、まあ間に合わない。
とにかく急ぐ。
清澄通りに出て、タクシーを拾う。
東京駅、一度行っているから慣れたが、自動券売機はどうも信用が置けない。
駅員さんから購入した。
自動改札、難なく通過。
ホームに出て、駅員さんに浜松行きを尋ねる。
ひかりは出たばかりだそうである。
隣のホームからでるこだまに乗るようにとのことである。
降りて登って、隣のホームに出た。
30分弱、待たねばならない。
落ち着くことにする。
起きてから何も食っていない。
まったく腹はすいていないが、車内で食べる一番軽そうなサンドイッチとコーラを買う。
友人に電話をする。
「着いたか」
「いや、遅れる」
「そうか」
友人の笑いを含んだ受け答えが気になる。
チクショウわかっていやがる。
浜松、遠州鉄道に乗り継いで、美薗中央公園。
数年前に来たのに、どう歩いたかさっぱりである。
スマホで住所を入力して、地図を頼りに向かう。
新幹線に乗るあたりから、心配が的中した。
靴のもう片方がパカパカし始めたのである。
コンビニがあった。
香典袋と筆ペン、ゴム系接着剤を買う。
机があったので、香典袋に名前を書いて、靴を接着する。
まあ、泥縄である。
性格だ、しょうがない。
もう、すぐ近くに来ている。
接着剤が乾くのを待つ間、一本タバコを吸って、出かけることにする。
続く。
2017年07月06日
第23回 2017 真空管オーディオフェア
2017年の真空管オーディオフェアへの出店が決まった。
今日、各ブースの抽選会が行われた。
GTKオーディオの希望は、去年と同じホテルマイステイズ御茶ノ水だったので、各自対応ということで、抽選はなかった。
今年は、去年よりも少し大きな部屋にした。
去年より少し大きめのHall Cである。
いつものように、GTKオーディオは言葉での説明はほとんどしない。
音を聴いてもらうだけである。
音を聴いて、その音がよいか悪いかを自分で判断できる人でなければ、意味がありません。
良い音に絶対の基準はありません。音は感じるものです。
人それぞれに良い音の基準があるのです。
それを押し殺して、えらい評論家の先生がよいといっているから、これがよい音なのだと自分に言い聞かせるほど、ばかげたことはないのです。
先日、テレビを見ていたら、京都の老舗料亭の話が出てきました。
「自分の味覚を信じて、この味だという料理を出す」
「問題は、その味をどれだけの人が良いと思ってくれるかだ」
「よい味だと思ってくれる人が少なければ、店がつぶれるだけのことである」
そんな内容であった。
よい覚悟である。その覚悟も味にでるのである。
私が初めて真空管オーディオフェアに出展した時、多くの人からやめたほうがよいとアドバイスをいただいた。
部屋が変われば、店で出している音は出ないというのが、おもな理由であった。
私としては、音を聴いてもらわない限り始まらないと思っていたので、強行した。
あけて驚いた。私の好みの音でオーバーホールしただけのLeakの音に、大変多くの人が興味を示してくださったのである。
方法は間違っていないということが分かった。
それから以降、システム全体に手を加えていった。
すべて自分の好みの音になるように加えた改良だった。
大きく言えば二つである。
太い音であること。情趣を感じさせる音であること、この2点である。
現代の細くてきれいな音は私の好みではありません。
細い音はつまりません。
綺麗は、私の基準には全く入っておりません。
さまざま行った改良も、そのほとんどは、私の好みに合わないので捨ててきました。
私には捨てる能力があるのです。
もう一つ、京都の料理人と同様、私の好みで改良してきた音が、多くの人の心に響かないならば、GTKオーディオはつぶれるだけであるとの覚悟はできています。
音は作り出すものです。
その作り出した音は、作り出した人間を表しているのです。
すべての芸能芸術は、それを作り出した人間の魂に触れたいという人々の欲求にこたえるものです。