2015年04月
2015年04月28日
オルトフォン アームの胆

前回のブログで、OrtofonのRMG212,AS212,SMG212を使い、オルトフォンアームの音の改善に取り組んだ。
そこで書いたように、オーバーホールしたお客様のRMG212が、今まで聴いたことがないようなしっとりとして、かつ力強い音で鳴ったことに驚き、私のやった何が、この音につながったのかを考えてみた。
実は、この音を聴いた時から、理由は推測できたのである。
だから、ASやSMGでも、この音を出せると思った。
それなら、オルトフォンアームの胆は何か。
胆は、アームの上下の動きの抑制である。
機械的には、ベアリングがスムーズに動き、アームの上下動が敏感なほうがよいと感じる。
多分それが音にとっては駄目なのである。
ステレオのレコードには、針が上下動することによって得られる情報も含まれている。
その時、アームが敏感に上下動してしまえば、針に伝わるべき情報が失われてしまうのではないか。
モノラルのレコードでも、真横に動くべき時に、アームの上下動が過度にスムースならば、針は斜に動くことになり、ここでも情報は失われる。
SPU等の古いカートリッジを使うオルトフォンのアームでは、過度に上下動がスムースであってはならない。むしろ上下動は抑制するほうが結果がよいのである。
以上は、私が無意識にやった修理で、劇的に音が変わったことから導き出した私の結論である。
私は、いつも書いているように、結果として出てくる音がすべてであると思っている。
こうこうこうしたから、音がいいはずだではダメなのである。
抵抗がゼロに限りなく近いから、そのケーブルは音がよいのですか。
人気のあるオリジナルのケーブルなどは、抵抗はありますよ。
音は出てくる音から判断しなければなりません。
それを判断できるかが、オーディオ的な力なのです。
ガラード301やトーレンスTD124は、その音の良さで人気がありますが、軸受けのベアリング機構に一部樹脂が使われています。
摩擦を考えれば、樹脂などは排除されるはずです。
それではなぜ使われたのか。
結果として出てくる音で判断して、樹脂を使ったのだと思います。
樹脂を使うことで、測定値は悪くなると思いますが、当時の開発者にとっては、そんなことよりも結果として出てくる音が大事だったのです。
すべては、結果として出てくる音で決まることです。
スムースに動けばよい、抵抗がゼロに近ければよい、摩擦が少なければよい、すべてイメージにしかすぎません。
イメージで音は決まりません。
結果として出てくる音がどうなのかが大切です。
イメージだけで作られ、結果としては駄目な製品を作る人たち、それをはやす評論家たち、結局は音が分からない人たちなのです。
どれだけ良い方法だと思われても、音がだめなら捨てきらなければなりません。
その人たちには、捨てることのできる能力がないのです。
こんなイメージはどうでしょう。
完璧な平面を持ったレコードがあり、溝に対する理想の空中にカートリッジが浮いている。
カートリッジは、全く動かず、溝をトレースする針だけが上下左右に震えている。
音を作り出しているのは、カートリッジが動くからではない。
針が動くからである。
カートリッジには針を支える役割もある。
支えるものがむやみに動いてどうする。
これでも、アームの上下動をよりスムースにして、カートリッジを動かしたいと思いますか。
こんなイメージなど、私は書きたくなかった。
説明してどうなる。
音を聴けば、分かることなのに。
感覚的な音にさえも説明を求める人たちがいるので、書いてしまいました。
その人たちは、理由が分からなければ、出てくる音自体を認めないのです。
馬鹿馬鹿しい。
もう一度言います、方法は何でも、結果として出てくる音がすべてなのです。

2015年04月12日
Ortofon RMG212の修理

懇意のお客様に、Ortofon RMG212の修理依頼をいただいた。
町田にいたころ、RMG212やRMG309は新品で購入して10年以上使っていた。
新品のRMG212が2万円ちょっとの値段の時代であった。
音はよくわかっていると思っていた。
最近使ったSMG212のほうがよい音に感じていた。
お客様にもそのことを伝え、私自身全然期待していなかった。

AS212を修理したとき、海外のオークションで余分に購入したプラスチックのベアリングハウジングが1個残っていた。
送料も含めると、1個6千円だった。
気持ち的には、プラスチックに6千円か、とどうしても感じてしまう。
まあ仕方のないことだ。
AS212を直したとき、大変な作業であった。
ただ、一度経験したのだからという安易な考えがあり、大丈夫だろうと思っていたのがいけなかった。
ベアリングの入った棒を引き抜き、プラスチックのハウジングを入れる際、細いケーブルを切ってしまい、ヘッド全体を引き抜こうと苦労した。
何のことはない、1本1本ケーブルが引き抜けるのだと分かるまでに、1週間かかった。

ケーブルを修理して、ベアリングの入った棒を押し込むのがまた厄介だった。
無理をして端を欠いてしまった。何とも申し訳ない。
8個のベアリングは、だいたい同じ大きさの新品に換えた。
グリースを塗って、ようやく出来上がった。
端の欠けは、謝って許していただいた。
ようやく出来上がり、音を出してみた。
昔聴いていた音とは全然違う。良いのである。
RMG212はこんな音がするのかと、呆然としてしまった。
SPUと同じ形のモノラルは持っているけれど、ステレオカートリッジは持っていないので、同じオルトフォンのMC10で聴いている。
すごい音だね。
じゃあ、なぜ音が良いのか。
RMGのせいではないと思っている。
ASやSMGでもこの音は出せそうである。
私が無意識にやった何かが、好結果につながっているのだ。
これから研究してみようと思っている。
さて、通常はここで終わる。
私は終わらせないのである。
良い良いと言って、音を聴かせないでは、何だこんな音かと、あきれられる危険を回避していることになる。
それでは、雑誌の評論家と同じだ。
そうはしません。
YouTubeにアップしました。あきれてください。
追加です。
Pablo CasalsのA Concert At The White House オリジナルレコードが、アメリカから今日届いた。
以下の本文のように修理したRMG212で鳴らしました。
鳥の歌を聴いてみます。
Tannoyで。
Wharfedaleで。
性懲りもなく、さらに追加です。
Ortofon AS212で、RMGの音を出せるのではと思ってしまった。
やってみました。
実際に聴いたときには、かなりいい線行ってるんではと思ったのですが、アップしたもので比較すると、足りないかなと感じてしまいました。
目指したのは、ジュリーロンドンのねっとり感、カザルスの気迫です。
聴いてみてください。
さらなる追加です。追加が多くなりましたが、お許しを。
ここまで来たら、本文で書いたようにSMG212も手直しして試すのが当然ですよね。
やってみました。
カザルスだけですが、聴いてください。
すべてに通じることですが、オーディオも肝を突かなければ、ただ金をどぶに捨てることになりますね。
オルトフォンのアームの胆はわかりました。
何を使っても、そのものの胆を掴めなければ、良い結果は出せません。
些末なところに大金をかけて、音にこだわった人間を装っても、成金趣味の人だと評価されるだけのことです。
カザルスの気迫が伝わってこないさらっとした音を聴いても、私などは全く感動しません。
2015年04月01日
続 友人H
私が書きたかったことは、創造性についてである。
大学生のころ、劣等生であった私の感じですからおぼつきませんが、当時は知識と論理能力がすべてであったと思います。
創造性が論じられることはほとんどありませんでした。
おそらく、新たな理論は海外からもたらされ、それを消化することで、学問が成り立っていたのだと思われます。
もちろん、そうでない人たちもいました。
ただ、創造性を持ったその人たちが評価されることはあまりありませんでした。
一つの例外として、海外で評価された場合にのみ、日本国内でも評価されるという状況でした。
学者は、どれだけ知識を持っているか、明確な論理を展開できるか、その二点に終始していたと思います。
私の考える知識と論理能力の役割は、第一に、学問の最先端まで到達するための手段であり、第二に、閃きにより自らたてた仮説が正しいものであると立証するための手段である、この二点であると今は考えています。
論理能力と、創造能力は必ずしも一致しません。秀才が必ずしも学問的業績をあげられるとは限らないのは、この点にあります。
私は残念ながら、最先端まで行く知識も論理能力もありませんでした。
友人Hは、難なく最先端まで行きながら、自分に閃きを感じる能力がないことすなわち創造性がないことを悟り、沈み込んでいたのだと思います。
劣等生の私からすると、そこまで行くだけでもすごいと思うのですが、彼にとっては切実な問題であったのだと、今はよくわかります。