2024年04月14日
ガバナー付き78回転専用電動ターンテーブル

電蓄の音は蓄音機にかなわないといわれる。
たいした耳を持たない私でも、蓄音機のほうがいい音だと思う。
なぜだろう。
たぶんトルクが違うのだ。
蓄音機を動作させるゼンマイのトルクはかなりのものである。
さらに回転を伝えるのもギアである。
蓄音機にかなわないのは仕方ないよな。
そのように考えていた時、新規のお客様からの依頼で、ビンテージの78回転専用ターンテーブルを修理した。
おそらく、蓄音機から電蓄に代わる最初期の時代の電動ターンテーブルである。
蓄音機に特有のガバナーを持っている。

SP、LPの両方に対応するこれ以降のターンテーブルは、スピンドルとアイドラーホイールを組み合わせて、複数の必要とする回転数に対応している。
金属製のスピンドルにゴム製のアイドラーが接触することで動作を伝える方式だから、ギアで動作する蓄音機にトルクはかなわない。

本ターンテーブルは、がっちりとしたモーターの回転をウォームギアで伝えている。
ガバナーとウォームギアを備えているのだ。
モーターとウォームギア、ガバナーが一体となった専用ユニットになっている。
ガラード製である。
アームはデッカ製。

アームを上下させるベアリングは、両端から延びる円錐形の2本の穂先が、アームパイプに刻まれた小さな2個の穴に刺さり、挟み込むように支えている。
カートリッジはDecca XMSと外形は異なるが、構造は同じである。


針はXMSと互換性がある。
画像のように、上部にある2個のねじを緩めると、分解できる。
LP用の針を使えば、LPにも対応する。
さて、音が良いといったのだから、音出しする。
SP用電動ターンテーブルとしては秀逸だと私は思うのですがいかがでしょうか。
Danse Espagnole Ginette Neveu 78回転 ガバナー付き電動ターンテーブル Garrard Decca tonearm Tannoy Chatsworth Leak TL/10 Point One Plus
美空ひばり 東京キッド 78回転 ガバナー付き電動ターンテーブル Garrard Decca tonearm Wharfedale 10" driver Leak TL/10 Point One Plus
Tommy Turk and His Orchestra 78回転 ガバナー付き電動ターンテーブル Garrard Decca tonearm Wharfedale 10" Leak TL/10 Point One Plus
懇意のお客様のご依頼で、アームをXMS用に改造しました。お聴きください。
Sonny Rollins Moritat Decca XMS Tannoy Chatsworth Leak Point One Plus Leak TL/10
gtkaudio at 04:07|Permalink│Comments(0)
2024年04月02日
YouTubeのアカウント停止 その2
YouTubeのアカウントが停止される前に、一人の人から著作権侵害の申し立てをしたから削除されるぞと脅すようなコメントが届いた。
著作権者が許可を与えている曲しかアップできないようになっていることを伝え、有名でなくてもよい曲はあるから、そのような曲を良い音で鳴らしてみたいと思っていると伝えた。
埋もれた名曲が再認識されることは著作権者にとっても何ら害になることはないし、むしろ益になるのではないかとそのコメントに返信した。
ファンであるならわかってくれると思ったのである。
ダメだった。
異常な正義感を持った人間なのかと、途中から相手にしないようにした。
アカウント停止された今は、ちょっと違うのではないかと考えている。
次のような推測が成り立つ。
著作権から利益を得ているのは、著作権者だけではない。
よく問題になる著作権を管理する組織も利益を得ているのである。
その組織の配下にある人間が、正義感あふれる個人のふりをして、その組織の利益を守る働きに従事していると推測することもできる。
そう、自民党とダッピーの関係のようなものである。
確証はないので推測でしかないが、あの正義感はちょっと異常に感じられたので、こんなこともあり得ると思っている。
まあ、YouTubeのことはこれで終わりにする。
さて、古いターンテーブル2台を整備した。
詳細は、次のブログで書くが、音だけは鳴らしておく。
聴いてください。
淡谷のり子 別れのブルース 78回転SP ガバナー付き電動プレーヤー
Serge Chaloff A Handful Of Stars Wharfedale 12" FS/AL Decca XMS
著作権者が許可を与えている曲しかアップできないようになっていることを伝え、有名でなくてもよい曲はあるから、そのような曲を良い音で鳴らしてみたいと思っていると伝えた。
埋もれた名曲が再認識されることは著作権者にとっても何ら害になることはないし、むしろ益になるのではないかとそのコメントに返信した。
ファンであるならわかってくれると思ったのである。
ダメだった。
異常な正義感を持った人間なのかと、途中から相手にしないようにした。
アカウント停止された今は、ちょっと違うのではないかと考えている。
次のような推測が成り立つ。
著作権から利益を得ているのは、著作権者だけではない。
よく問題になる著作権を管理する組織も利益を得ているのである。
その組織の配下にある人間が、正義感あふれる個人のふりをして、その組織の利益を守る働きに従事していると推測することもできる。
そう、自民党とダッピーの関係のようなものである。
確証はないので推測でしかないが、あの正義感はちょっと異常に感じられたので、こんなこともあり得ると思っている。
まあ、YouTubeのことはこれで終わりにする。
さて、古いターンテーブル2台を整備した。
詳細は、次のブログで書くが、音だけは鳴らしておく。
聴いてください。
淡谷のり子 別れのブルース 78回転SP ガバナー付き電動プレーヤー
Serge Chaloff A Handful Of Stars Wharfedale 12" FS/AL Decca XMS
gtkaudio at 03:11|Permalink│Comments(2)
2024年03月07日
YouTubeのアカウント停止
YouTubeのアカウントが停止になり、アップしていた500曲弱のすべてが削除された。
中島みゆきの曲をアップしたことが原因である。
次のような文言が書かれている。
【このアカウントを停止しました。これは、このユーザーのコンテンツが著作権を侵害しているとの申立てが第三者から複数寄せられたためです。】
ジャズやクラシックばかりではなく、日本人の曲を世界に紹介したいと思ったから、載せていたのである。
かつてと違って、AIがYouTubeに載せることができる曲であるかを判定し、著作権者から許可が出ている曲のみがアップできたので、許されると思ったが、著作権を持たない第三者の意見をうのみにするのであれば、もうどうでもいい。
停止になるちょっと前に、YouTubeはこんなものかと思うことがあった。
警告の以前に、一日500アクセス以上あった中島みゆきの曲のアクセス数が、ガクンと落ちたのである。
なんだコントロールされているじゃないかと思った。
考えてみれば当然である。自由にプログラムできる会社である。アクセス数をコントロールするぐらい簡単である。
私は利益化はしていなかった。曲を紹介し、音を聴いてもらうことを主眼としていた。
アクセス数をコントロールされたら、利益化を主眼とする人たちにとっては死活問題である。
途中から、アカウントが停止されてもいいやという気分になっていた。
2度目の警告の後、一日もたたずに3度目があり、停止となった。
まあ、YouTubeにとって、私のアカウントなどどうでもいいのだ。
さてどうするかと思っていた。
コンピューターに精通している友人が助け舟を出してくれた。
YouTube以外にも似たようなサイトがあるとのことであった。
利用するには少々金がかかるが、大した額ではない。
残念ながら、日本の会社ではなく、アメリカである。
テストで3曲アップしたので聴いてください。
Miles Davis All Of You Leak TL/12.1 Decca XMS
Nat Addarley Work Song
Starker J.S.Bach No.5 In C Minor Mono Leak TL/10
gtkaudio at 18:34|Permalink│Comments(0)
2024年02月14日
Leak TL/12.1 (TL/12 Point One)のオーバーホール


懇意のお客様からLeakのTL/12ポイントワンのオーバーホールを依頼された。
高価で、60年以上前のものなので、トランスが良い状態であればいいと思っていた。
特にアウトプットトランスさえ状態が良ければ、あとはどうにかなる。
動作品とのことで、トランスは大丈夫のはずであった。
残念。
私が測定したとき、導通はあり、140オームぐらいを示していた。
たまたまいらした電気に強いお客さんが、おかしい、アノードアノードで280オームのはずといって、測定してくれた。
140Ωではなく、140KΩだった。
最悪である。
プッシュかプルのどちらかが動作していない。
片方のエンジンが止まってしまった双発機のようなものである。
片方だけでも音は出るだろう。
まあ、まともな音は出ない。
どうするか。
そのお客さん、助け舟を出してくれた。
TL/12.1を修理した時、巻きなおしてもらったアウトプットトランスがあるというのだ。
音が気に食わなくて、パートリッジのトランスで載せ替えたから、そのトランスが余っている。
譲ってくださるとのことだった。

画像真ん中が巻きなおしたアウトプットトランス。

手前にあるカバーの付いたアウトプットトランスが、壊れていた。
載せ替えたコイルがむき出しのアウトプットトランスが、巻きなおしたものである。
今回のアンプはあまり良い状態ではなく、オリジナルの状態からほど遠いものだった。
部品を寄せ集めて、作ったものかもしれない。
さて、アウトプットトランスが巻きなおしたものに代わってしまったのはショックだったが、オリジナルと同じ音色というわけにはいかないとしても、できる限り魅力のある音を出してみようという気持ちになった。
初めての経験だし、巻きなおしたアウトプットトランスで、どんな音が出るのかやってみる価値はある。
さて直す。
こんな名器にさえ、カップリングコンデンサにフィルムコンが使われている。いい音がでるはずがないではないか。
私がオイルコンで直さなければ、いい音は出ないとこのブログで発信する前、ほとんどの修理はフィルムコンが使われていた。
おそらく、音を聴いての修理ではなく、測定機に頼って、良い測定結果が出れば修理完了という時代が続いていたのであろう。
測定機に頼っていたならば、音に対する人間の感覚が鈍ってしまう。
スペックを誇るオーディオ製品が、ちっとも良いと思えないのはそのせいである。
芸能芸術に属する分野を、科学でもって裁断するなんて、ばかげている。
人間を主体に考えない限り、良い音など出るはずがない。
もちろん私は、カップリングコンデンサに英国製のオイルコンを使う。
板マイカも音がいいように感じる。使う。
位相反転段に使われている抵抗、57kΩと68kΩはドッグボーンにする。
電源に使われるコンデンサーもすべて英国製のオイルコンにする。
できる限りのことをして、私自身が良いと思える音が出るように追い込んでいこう。
音は科学ではなく、芸能芸術の分野のものだから、自分の感覚を信じて、好みの音が出るように頑張るしかない。
オリジナルの状態にできるだけ近づけなければならない。

写真手前の部品に取り換えてあった。
まずはオリジナルの部品をそろえて、交換した。
外見的なオリジナルは追及していない。見た目にはこだわらないお客さんである。
その代わり音にはこだわる人だから、音をよくしなければならない。
TL/12.1の音の良さはどこからきているのだろう。
電源にオイルコンが使われているのが大きい。
位相反転のところにMullard ECC33が使われているのも大きいかもしれない。
Mullard ECC33、高価である。
パワー管でもないのに、どうしてと思うかもしれない。音がいいのである。
この球が使われていることも、TL/12.1の音の良さに寄与しているはずだ。

ついでに言っておくと、Brimarの6SN7というのもある。
ECC33と似た球である。TL/12.1の弟分にあたるTL/10に使われている。
これも高価である。音がいい。
米国製6SN7と差し替えて、音の違いに驚いた。

Brimarの6SN7。
Mullard ECC33もBrimar 6SN7も、プレートが丸くなっているのが特徴。
さてと、巻きなおしたアウトプットですが、できるだけよい音で鳴らそうと頑張った結果、こんな風になりました。
YouTubeにアップしました。聴いてください。
中島みゆき 雪 Leak TL/12.1 Thorens TD/124 Ortofon SPU G shell Tannoy Chatsworth
Miles Davis in Concert All Of You Leak TL/12.1 Decca XMS Wharfedale 10"
gtkaudio at 06:14|Permalink│Comments(0)
2024年02月08日
歳をとると、時間が早く流れる。どうして?
歳をとるにつれて、一年が素早く過ぎ去っていくように感じる。
友人たちに訊いても、異口同音に、その通りだという。
今年も、もう2月になったのか、はえーなという感じだ。
考えてみる。
小学生の頃、一年は長かった。
小学生の頃の一年と、老人になってからの一年は、感覚的には同じ長さとは思えない。
もちろん、同じ長さではある。
それではなぜ?
緻密度が違うのではないか。
以前も書きましたが、私が小学生の頃、自分がいつも何かを考えていると思っていた。
一瞬でもいいから、今なにも考えていなかったと意識してみたかった。
当時の考えるは、私にとって、感じると同義語であった。
外界の刺激に、瞬時も怠ることなく、五感を駆使して、感じ続けていたのである。
緻密に時間は流れていたのである。
歳をとるにつれて、感じる能力が衰えてくる。
とぎれとぎれのラジオのように、感じる時間が短くなり、何も感じない時間が増え続ける。
つまり、ボーとしているのである。
意識できない時間が増え、意識できていないことも意識しなくなるのである。
感じる時間が短くなれば、意識のない時間が増え、意識のない時間はカウントされないから、時間が早く過ぎるのである。
小学生の頃、今のボーとした状況を感じることができたなら、うれしかったかもしれない。
今となっては、ちっともうれしくないが。
人間にとって、感じることが生きているあかしなのだと思う。
論理を主体とするのではなく、感じることを主体とする芸能や芸術が、人間生活の中で重きを置かれるのは、生きることと密接に結びついているからではないだろうか。
gtkaudio at 03:08|Permalink│Comments(1)