2026年03月22日

ゴールデンエイジのレコードプレイヤー


1950,60年代は、 オーディオのゴールデンエイジと呼ばれている。

この時代に作られたものは、それ以降に作られたものよりも音が良いとみなされている機器が数多く存在する。

レコードプレイヤーで言えば、Garrard 301やThorens TD124などが有名であるが、それ以外のプレーヤーも個性的で芸術的な音を聴かせてくれるものが数多く存在する。

なぜ70年ほども前に作られた機器の方が、それ以降に作られた機器よりも音が良いのであろうか、考えてみよう。



オーディオは、聴覚という人間の感覚が音をとらえ、その人の脳が、あるいは心が、その音に感動し喜びを得る、まさに芸術分野に属するものである。

技術の進歩が良い芸術作品を作るわけではない。

ストラディバリウスなどの楽器を考えればわかることだと思う。

これこれの改良を加え、かつてない精密技術で作ったものであり、測定値も素晴らしいオーディオ機器に仕上がったから音がいい、と宣伝してあっても、たいがいはつまらない音であることがほとんどである。

音は芸術に属するものだから、性能の良さが音の良さを保証するものではない。

オーディオは結果としての音がすべてである。



ゴールデンエイジに作られたレコードプレーヤーは、良い音が出るように音を聴きながら試行錯誤して作られた。

良い音とは何であろうか。私なら、太い音、明確な音、情緒感のある音、等である。

製作者によって異なっていた。

だから、ゴールデンエイジのターンテーブルは、個性的でそれぞれの魅力を持っていた。



私が良い音に挙げた、太さ、明確さ、情緒感、等の音は、1970年代以降のオーディオの大衆化の時代には、抽象的過ぎて分かりにくくなる。

芸術は人間の感覚がとらえるものだから、もともと抽象的なものである。

大衆化されたオーディオマニアは、ファッションとしてのオーディオを求める人たちが多くを占めたのである。

大衆化によって、聴く人の聴く力が衰えてしまった。

その人たちにもわかりやすい所に目をそらす必要があった。

そうでないと、いくらいい音の機器を作っても、いい音と判断してくれなくなっていった。

そこで注目されたのが、ノイズである。

ノイズなら誰でもわかる。



SPレコードの時代は、ノイズはつきものであったから、マニアはノイズが鳴っていてもそのノイズは取り除いて、音だけを選んで聴くように知らず知らずに訓練されていた。だからノイズは気にならなかった。

気になったらSPレコードの良さはわかりませんよ。音を聴きたいのですから、音を選んで聴くのです。

LP以降の時代になると、ノイズをなくすことも可能になった。

ゴールデンエイジ以降、ノイズをなくすことに傾注することになる。

Garrard301はアイドラーホイールを介してのリムドライブ方式だった。

モーターと直接接しているようなものだからゴムドライブよりノイズに関しては劣ることになる。

ゴムドライブより糸ドライブの方が接触面性が小さいからよいだろうということになる。

抽象的な音よりもノイズさえなくなれば売れる時代になったのである。

音の魅力は二の次になってしまった。

最後はダイレクトドライブで、ノイズはなくなった。音はつまんないですがね。



どんどんつまらない音になっていった。

リスニングポジションでは聴こえないが、スピーカーに耳を持ってゆくとほんの少しノイズが聞こえる。

ノイズを見つけるのがオーディオマニアの力量だと思っているのだから、少しのノイズにも耐えられない。

さらに、プレーヤーに耳を持って行って、ノイズが出ていると言い出す始末である。

私には病的に見えるのだが。

リスニングポジションで聞こえなければそれでいいじゃないか。

この人たちは、病的にノイズを減らすことで、音の魅力がなくなる可能性があると思わないのであろうか。

一つよくなれば、他が犠牲になることだってあるのです。トータルのものですから。



事実、ゴールデンエイジ以降のレコードプレーヤーは、ゴールデンエイジのプレーヤーよりも音に魅力がなくなったと思う。

オーディオは結果としての音がすべてのはずである。

精密に作ったから必ず良くなるはずもないし、精密すぎて音に魅力がなくなることだってある。

リムドライブは見た目ノイズが出やすく見えるからダメなんてことは全くありません。

リスニングポジションでは、ノイズはほとんど聞こえません。

もちろん、プレーヤーに耳を近づける人は、リムドライブはやめた方がいいです。

ダイレクトドライブがぴったりです。

私はなんてったってリムドライブが一番好きです。

ノイズに聞き耳を立てるよりも、ノイズは聴かずに音に聞き耳を立てる方が、オーディオマニアだと思うのですが。





ゴールデンエイジのレコードプレーヤーが現代のプレーヤーよりも魅力的な音が出るのは当然のことなのです。










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2026年02月05日

オーディオは芸術に属する


 私が以前から言っていることですが、オーディオは芸術に属するのです。

私が最も強調したいことでありながら、わかっていただける方がなかなかおられないのです。

ここで芸術という言葉が理解を阻んでいるのかも知れません。

お前のような俗人が、芸術などという高尚な言葉を使うなと言われそうです。

芸術が高尚であるならば、仰る通りですが、私は芸術を高尚なものとは思っていないのです。

私は芸術を高尚とは思ってはいませんが、芸術は高尚であるという社会通念があります。

その社会通念の中に生きる私は、芸術という言葉に気恥ずかしさを感じるのです。

それゆえ、芸能芸術という言葉を使ってきました。

芸能という、よりニュートラルな言葉で、芸術という言葉が内包する知性による偏向を薄めたいと思っていたのです。



それでは、私が考える芸術という言葉を定義してみましょう。

人間は感じる能力を持っている。

この感じる能力が、芸術の源泉である。

外部からの刺激に対して、繊細な感じる能力を持った人がその刺激を受け取り、そこから作品を創造する。

作品は、文学、絵画、音楽、何でもいい。

味覚で言えば、料理である。

料理は、芸術の最たるものと私は思う。



出来た作品を受け取り、感じ、感動する人たちがいる。

それも、日々の生活の中に、本を欲し、絵を鑑賞し、音を欲する。

美味を堪能するのは、最も多くの人が喜びとするものであろう。

これらが芸術である。高尚である必要はない。



まさに人の感覚的な好みに依存するものが芸術である。

料理がわかりやすい。甘党もいれば辛党もいるのである。

万人が好む絶対のものなどありえない。

故に正解はない。

比較的多くの人が好ましく思うものが存在するだけである。

正解ではない。



学問とか、科学のように真理を追究する分野とは異なるから、芸術という分野が作られたのである。

芸術は人間の感覚的な好みに依存する正解のない分野である。

論理は重きを置かれず、直感が必須である。




人間の好き嫌いを感じる能力は、人間の生存にとって重要だったから与えられたものでしょう。

多くの人が好ましいと思う方向へ行けば、通常安全だったのである。

ではなぜ全員が同じ好みを持っていないのか。

絶対の安全がないからです。

通常安全な方向も、時として危険であったりする。

絶滅は避けたい。

他人とは違う好みを持っている人も必要です。

少数だが、その人たちが生き残る。

人類の生存戦略として、通常とは違う好みの人も大切です。



現代は、社会的な防御態勢が出来上がり、個々人が判断しなくても安全性が担保されている。

自分の好みを意識しなくても、安全に生きていける。

自分の好みがわからない人が増えてきているようだ。

音がいいかどうかなど、そんな難しいことわからない、こんなオーディオマニアがいるのです。

意外と多いのですよ。

味のわからない料理人みたいなもんです。



人が外部の刺激から受けた感動を作品に創造し、その作品を受け取った人が感動する。

感動の伝搬が行われるものが芸術作品です。

感じることが基本です。

感動できるものであれば、知的でなくてもいいのです。

高尚である必要はありません。



世界に冠たる北斎。

幕末から明治の時代、浮世絵など庶民の愛好するもので、決して高尚なものではなかった。

輸出する陶器の緩衝材として浮世絵を使っていたことを考えても、一歩間違えればごみとして捨てられるほどの低い評価だったのです。

現在、北斎の作品は高尚と評価されているのでしょう。

当時、低く評価していたのは、知識人や、絵画の専門家でしょう。

彼らは浮世絵は庶民のものだから低く見ていた。

高尚かどうかなんて、あてにならないのです。

時代、社会状況によってころころ変わるものです。



専門家の評価などあてにできない、自分の感覚を信じることです。


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2026年01月23日

未来の恐怖 AI その2

 

かつてこのブログで、AIについて書いたことを記憶している。

調べてみた。8年ほど前の2017年11月だった。


未来の恐怖 AI

今やAIの導入が本格化しようとしている。

8年前に危惧したAIによる職の浸食が現実化している。

アメリカでは、AIへの移行のために、大学を卒業した若者の就職が難しいものになっているという。

特にIT企業では、AIがプログラムを作り始め、多くのプログラマーがリストラされているそうである。

50年ほど前、IBM互換機のソフト開発する現場で丁稚奉公をしていたことがあるからわかるが、プログラマーに必要とされるのは、知識と論理能力である。

何ら創造力を必要とするものではない。

知識と論理能力。まさにAIが得意とするところである。

コーディングの仕事はなくなってしまうであろう。

職を失うプログラマーはどうなるのだろうか。



 

プログラマーに限らず、知識と論理能力は高学歴の人々が得意とするところである。

それがAIにとって代わるのである。

高学歴であり、大企業に勤めていれば、一生安泰であるという時代が終わりを迎えようとしている。

知的労働の価値がなくなろうとしているのだ。



物知りという言葉も、あまり使われることがなくなった。

知識の重要性が低下してきているのである。

わからないことがあれば、AIが丁寧に教えてくれる。

時代が変わろうとしているのだ。


 

知識と論理を必要とする仕事は、多岐にわたり、かつ数も多い。

創造力を持つ者は少ないから、ほとんどの仕事は、知識と論理さえあれば創造力がなくても、無難にこなせるように整備されてきた。

そのため、知識と論理さえあれば、万能だと勘違いする人間が出てきた。

その人々の職がなくなるのである。

最も難しいことだが、創造力を養う必要がある。


 

この変化は、現在アメリカで起こっていることである。アメリカで起こっていることは、必ず日本でも起こる。

大量失業時代がやってくる。

大量すぎて、既存の方法では解決不能である。

落ち着くまでは、無職でも分配にあずかれる方法を工夫しなければならない。

無職でも生活するための糧は必要なのである。


 

今までは絶対的優位性を誇っていた知識と論理能力が無力化されるのである。

高学歴だといって、安心できないのだ。

いや、無駄なプライドを持った高学歴ほど安心できないのだ。

 

高学歴でも、創造力を持たない人がほとんどですから。




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2025年09月04日

犬吠埼へ 二日目


二日目、今日帰る。



銚子港に行って、魚介類を食うか買うかしたい。

着いたが、想像していた雰囲気とは全く違う。

食堂や、魚介類を扱う店が軒を連ねる様子を想像していた。

んーん、人がいない。



ようやく見つけた漁師さんに訊いてみた。

そういう店は、ポートタワーの一階にあるとのこと、向かう。

ありつけた。

私、養老渓谷以来、干物に凝っている。

土産と自分用に、アジの干物を買う。

肉厚なのがいい。



次が、予定の最後だ。

二人は銚子電鉄 に乗ることを計画している。

私に異存はない。電車は好きである。

銚子電鉄切符JPG
銚子電鉄切符

計画はこうである。

銚子駅近くの駐車場に車を預け、電車に乗る。

一駅か二駅乗ってまた帰ってくる。



駅で切符を買おうとしたら、係の女性が、もうすぐ出発する、切符は車内でも買えるから急いでと言われた。

それからが大変だった。


階段をのぼって降りるのがつらい。

エレベーターで行く。

ところが、エレベーターは一番奥にある。

急ぐ。かなり遠い。

昇って、銚子電鉄の番線のエレベーターで降りる。

降りたところは一番奥、電車は長いホームの先端に停まっている。

ホームの端から端まで歩かねばならない。

遠いのだ。

二人は急いで歩くことができない。

私が先に行って車掌さんに待ってくれるように頼んだ。

優しい、大丈夫ですよと待ってくれた。

ありがたい。



出発した。

自分の鉄道好きを再確認。

ただし、鉄オタのような知識は皆無である。ただ好きなのだ。

音が好きなのと一緒である。

音は好きだが、知識はあまりない。



良いなと思ったとこがある。

線路の両側の木々が枝を伸ばし、上部で枝が重なる。

電車が通り抜ける穴ができる。

それがある区間続くから、緑のトンネルのようだ。

二人は厳しい経営の銚子電鉄を応援する気持ちで電車に乗る計画を立てたのだが、一番楽しんだのは俺だな。



そうだ思い出した、鉄道好きは小さい時からだ。

5歳で東京に出てくる前、3歳か4歳の頃、山口県の岩国に住んでいた。

窓から鉄道が見えたのである。もちろん蒸気機関車。

いつも見ていた。見ているだけでよかった。



疑問がわいた。

線路のない所も走れるんじゃないの。

見てみたい。

願いは通じるもので、見えたのである。

私の立っている前まで走ってきて止まった。

ああやっぱり線路がなくても走れるんだ。

うれしかった。

もちろん夢である。

いつも思っていたから夢を見たのである。



東京に出てくるとき、蒸気機関車が引いていた私たちの列車が、途中から電気機関車にけん引されると聞いて、どんなに違うんだろうと、非常に楽しみにしていた。

電気機関車なんて、見たことさえなかったのだ。

電気機関車、とてつもなく素晴らしいものに思えた。



だけど、蒸気機関車も、電気機関車も、乗っている列車では、ほとんど違いがわからなかった。

電気機関車は、煙が出ないから、トンネルに入っても窓を閉めなくていいだけだった。

煙なんてどうでもいい、電気機関車はすごくいいはずなのに、ひどくがっかりした。



思い出話はこれぐらいにする。



現実の旅に戻ろう。

1,2駅といっていたが、全線20分ほどだから終点の外川駅まで行くことになった。

うれしい。


外川駅ホーム

銚子電鉄外川駅、水野

なんか食おうという話になり、外川駅の周りを探した。

かき氷があった。

私の場合、かき氷といえば、イチゴに練乳である。

暑いときに、甘くて冷たいかき氷、うまい。



店には、銚子ミニ博物館が併設されていた。

銚子ミニ博物館島田泰枝さん
銚子ミニ博物館 島田泰江さん

元気なおばあさんが、お話ししてくださる。

銚子電鉄愛にあふれたおばあさんだ。

銚子電鉄、土地の人たちに愛されている。

思い出がいっぱい詰まっているのだ。

絶対にあきらめないみんなの銚電



さてと、外川から銚子への帰りである。

先頭の景色を見ていたくなった。

二人をほっておいて、一人先頭近くの席に座る。

うれしい、運転手さんと同じ景色が見える。

ガキだぜ。

だけどよー、好きなんだからしょうがねーだろ。

終点まで、ずーと楽しんだぜ。



さて、旅も終わりだ。

遅い昼飯を食わなければ。

銚子駅の職員さんから、萩原が教えてもらった蕎麦屋に行く。

名前は忘れたが、冷やし中華の豪華版みたいなのを食べた、

冷やし中華、好きなんだ。

からしを溶かしたたれにそばをつけて食う。うまい。

たれにからしで、甘みを感じるのだ、

ただ、どこの店でもそうだが、からしの量が少ない。

ここでもそうだった、

頼んだら、追加してくれた。

ありがたい。

完食。




あとは、帰るのみ。

無事帰還したぜ。




終わり






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2025年08月30日

犬吠埼へ 一日目


水野が犬吠埼へ行きたいという。

近くまでは何度も行ったことがあるが、そこから先はいつか行こうと思っているうちに、自分ではいけなくなったという。

そうか、次は犬吠埼。



水野、気楽なことを言う。

「日帰りでも大丈夫だよ」

養老渓谷でさえ一泊旅行だった。迷ったとはいえ、ホテルに着いたのは午後3時ごろだった。6時間かかっている。レンタカー12時間借りたとして、往復で終わりじゃん。

水野の意見は却下。一泊旅行とする。

地理に疎い私は意見を言わない。萩原の判断が頼りである。



「したみちで大丈夫」またまた水野の大丈夫攻撃。したみちとは、高速道路を使わないということである。

養老渓谷の時、高速道路をかなり走った。もっと遠くに行くのだ、運転していた自分も下道ではつらいと思う。

これも水野の意見は却下。

若くはない。高速に乗って時間を節約する。


行く前に問題が発生した。

旅館の予約がとれてなかったのである。

萩原が探してくれた。養老渓谷の時は、萩原のパソコンでうまくいかなかったので、私が手続した。

萩原はその時と同じように私がやると思っていたらしい。私は萩原がやってくれると思っていた。

一週間ほど前になって、予約していないことが分かった。

もう無理かもしれないが、萩原が訊いてくれるとのことである。

ダメだったら、レンタカーもキャンセルして、今回の旅行は中止というところだったが、空きがあったとのことで、萩原が手続してくれた。

頼りになるなー、萩原。


この頃、旅に慣れてきた。

朝9時などという私にとってバカ早い時間にも慣れてきた。

眠剤を飲んで、無理やり寝ればどうにかなる。

いつものように、萩原を拾い、11時ごろ水野の家に到着する。


水野の娘さんに送られて一泊旅行に出発する。

あしか荘という旅館に泊まる。最初の目的地である。

かつてはアシカが群れたあしか島という地名にちなんでつけられた旅館だそうである。

あしか荘で3人
あしか荘前、三人


ひたすら高速を走り、途切れて下道に入る。

途中、匝瑳市というところに来た。

水野が、「俺、ここまでは何度か来ているんだ」という。

「この先は、そのうち行ってみようと思っていたのに、行かないままになっていた」

水野は初めての場所、見知らぬ景色に対する感慨は人一倍強いらしい。

私にはその感覚が皆無だから、旅行に行く友人たちを見て、そこに暮らさなければ、本質はわからないだろうにと、ちょっと斜に構えた嫌味な態度をとっていた。

今はわかったことがある。

私に、旅から感じる能力がないだけのことだ。

音を聴き、いいなーと思う、文章を読み、感動する。

論理的に理解するのではない。感じるのである。

芸術は少年の心を要求する。

水野は旅から感じる能力を目いっぱい持ち、旅に対する私の能力は皆無に近い。

たぶん、水野ほどではなくてもほとんどの人が持っている旅に対して感動する能力を、私は持っていないのである。

まあいい。一緒に行けば、少しはおこぼれをもらえるかもしれない。


そうだ、水野がここまでは何度か来たといった<匝瑳>を、私は読めなかったのである。

こんな漢字、初めて見た。

<そうさ>と読むのだそうだ。

二人は知っていたらしい、知らないのは俺だけか。

そうさ、俺は間抜けなのさ。



それにしてもまっすぐな道路だ。

ワインディングロードが好きなわけではないが、こう直線が続くと飽きるぜ。

水野、匝瑳市までは何度か来て、あとちょっと足を延ばせば、犬吠埼に行けると思ったが、意外と距離があるなあとのたまう。

今頃気づいたか、長げーぜ。


海が見えるところまできた。

まずは、泊まる旅館の位置を確認する。

旅館の前を通り過ぎ、犬吠埼の灯台を目指す。

ようやくだぜ。

灯台についた。


犬吠灯台
犬吠埼灯台 ポストも白い

浜辺への階段
浜辺への階段

岩礁-1
岩礁

水野と下村
スイカを丸呑みしたあとだから腹が出ている 萩原、俺を横から撮るな

カメラマンは萩原。


旅館ではゆっくりできた。

食事はおいしい。しかし、その量に圧倒される。

あしか荘夕食
次から次へと出てくる食事

食事と言ったら一品料理の私にとって、目まぐるしく出てくる料理に戸惑う。

終わったと思い部屋に帰ったら、電話で呼び出しがあり、まだ2品があるとのこと、食堂に引き返す。

旅館あしか荘部屋
水野、絵になるな

就寝だ。




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